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書籍・線維筋痛症は改善する
病気が改善するとは

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 病気が改善するとは

 よく聞くことに、どこの病院で病気が治ったとか、どこの治療院で治ったと言われていることが多いのですが、そのようなことは最初から存在しないのです。なぜなら、病院や治療院では、貴方に対して自然治癒力がよみがえる手助けをしたのであって、病気が治ったのは、貴方自身が持ち合わせている自然治癒力が治したのです。ここのところが、病気の改善や心の悩みなどの改善に対して多くの方が勘違いをしていることにもなるのです。

 病気を「治した」「治った」とよく聞きますが、これには問題があると思います。いくら能力があり素晴らしくとも、あくまでも皆様の持っている自然治癒力を活発に活動させただけであり、それは、病気を治したのではないと私は思っています。絶対に病院や治療院では、病気や心の悩みなどは改善しないのです。要するに、貴方自身が持ち合わせている自然治癒力が病気を治したり、心を癒したりすることができるのであって、最も大事であることを考え直さなければならないのです。

 様々なエネルギーに対する感受性には、個人差があり、感受性の強い方も、弱い方も現実にはおります。感受性の強い方は、天啓気療効果も即座に現れ、改善しやすいものです。改善しやすい方の場合には、私がエネルギーを送りだすとほぼ同時に、手や足は勿論、全身がしびれたように感じてきて、身体全体から力が抜け、手や足は勿論、身体までも自分自身では動かすことができないようになります。更に、ほんのりと身体が温かくなり、異常と言うほど眠気や倦怠感が感じられ、肉体は勿論、心までもが癒され、リラックスするようになります。

 ここでも再度述べますが、最も注意を払わなければならないのは、病気を改善させたり治したりできるのは、皆様方自身の持ち合わせている自然治癒であって、絶対に医学や医者や薬の力でもなく、医学や薬はあくまでも補助的であって、根本的に改善させたり治したりすることはできないのです。また、どのような能力者であったとしてもできないことと自覚すべきです。例え、私の授かった天啓気療の能力であっても補助的であって、直接改善させているのではないのです。

 例えば、何らかの原因により出血をした場合を考えてみれば納得するはずです。出血をした場合には、血液中に流れている血小板などによって、血液が必要以上に流れ出ないように傷口を凝固して防ぐのです。と同時に、白血球などによって、外部より進入して肉体に対して害する細菌などを退治しながら傷口を修復して行くのであって、医学や医者や薬は補助的には役立っているかも知れませんが、どこにも直接的には役立っていないのです。直接的に役立ち作用しているのは、紛れもなく、自分自身の持ち合わせている自然治癒力に他ならないのです。この傷口の例は、外部よりの細菌に対してですが、肉体内のあらゆる病気に対しても同様のことが言えるのです。

 要するに、病気の原因たるストレスや自我意識、自然の法則に即した自然なる愛などについての捉え方によって、改善する度合いが異なることになるのです。ですから、愛のあり方や自我意識の在り方、ストレスの状態などがどんなに大事なことかが分るのです。私の場合には、皆様の持ち合わせている自然治癒力を、本来の正常な状態に呼び覚ますことができる能力を持ち合わせていることが特徴なのです。その能力を駆使しているのであって、私が改善させたり、治したりしているのではないのです。ですから、もし貴方が私の処にお越しになり、治療や癒しを行っても改善しにくい場合には、もう一度、自分自身の、今日までの思考や行為のあり方を考えてみる良い機会なのかも知れないのです。

 病気やストレスから一日も早く開放されるためには、自我意識や愛について、心を鎮め思考しなければならないことは、太古の昔から語られています。従って、自我意識や愛について、心を鎮め思考するためにも、最も大事な呼吸法、瞑想、自律訓練などを私は常日頃から薦めているのです。

 次に記述した事柄を冷静になって考えれば、納得できるでしょう。
 誰であっても知っている通り、人間は、心のある感情の動物であると言われています。確かにその通りなのです。人間の本質は、心、生命、気、魂、そして肉体から成り立っていることが知られています。そこで、心や感情をひもといてみると気そのものなのです。気とは、生命エネルギーであり、肉体を動かしている原動力であり源でもあります。ですから、元気があり行動ができるのも、病気になったりするのも、この気、即ち、生命エネルギーが、心のあり方や感情によって様々に形を変えて肉体に現われてくるのです。肉体に現れてくる現象は、様々な自我意識による不安やストレスなどによる緊張の場合がほとんどです。この件は、以前よりよく知られていることであって、ここであえて述べるまでもないのです。

 心の病気の代表として、不安症や自律神経失調症、パニック症などが挙げられます。ところが、ここに記述したように、様々な病気と称されているもの全てに対しての原因として、意識の在り方や自我意識の在り方などの気のエネルギーそのものが関係していると申しても良いのです。即ち、不安症や自律神経失調症、パニック症などだけが心の病気ではなく、全ての病気が心の病気と言っても言い過ぎではないのです。そして、治療法として、精神安定剤などの薬物療法や心理療法などが試みられるのですが、あまり良い結果が期待できないのです。勿論、他の病気などにも様々な薬などが用いられますが、やはり対処療法にしかならず、多くの方々が悩んでいます。要するに、肉体的には勿論、心のあり方や自我意識のあり方にも余裕がないために、早期の改善や回復は望めないのです。

 普段の生活状態では、ほとんどの方が物質的な物を信じ、肉体的次元(肉体など生命のある物質から出ているとされ、エーテル次元エネルギーと言われています)つまり、形のあるものや、目に見えるものを信じているのが一般的なのです。それは、どのようなことかと申しますと、例えば、胃が痛いとして医療機関に行くと、まず、貴方の身体は現在どのようになっていて、胃のどの部分が悪いのかなど医療器具などを駆使して場所などを特定するべく診察をします。その診察をする際、胃は物であり、物質として診察をし、そして、痛みもまた悪い部分があるから痛いとして判断をするのです。

 その際、精神の状態や心のあり方、自我意識(喜怒哀楽や欲など)や生命エネルギーなどに対しては、全くもって無視されているのが現状なのです。ところが、実際はどうでしょうか。私のところに天啓気療を受けに来る方々の話をよく聞き、そして、行動などを観察していますと、この物理的や物質的、更に肉体的に判断することは、全くもって間違いであることが判明するのです。胃が痛いというのには原因があります。第一に、精神的に参っている訳ですが、精神的に参るとは、心の中に恐怖心や心配事がある場合などに現れる症状がほとんどなのです。なぜ、恐怖心や心配事がいけないかと言いますと、恐怖心や心配事が存在すると言うことは、取りも直さず、ストレスや緊張があると言うことです。ストレスや緊張があると、肉体内にある脳は勿論、筋肉や細胞、神経などにもストレスや緊張が生じ、筋肉や細胞にも悪影響を及ぼし異常な状態になるのです。ストレスや緊張こそが一番厄介なものなのです。

 胃が痛い場合には、胃に関係があり、外的要因や感情によるストレスにも関係があるとされる、マニプラチャクラに負担が生じ、正常に機能しなくなることが全てと言っても言い過ぎではないように感じます。ですから、マニプラチャクラの特徴や機能を理解しなければ、どのような治療方法であっても、どのような訓練方法であっても、根本的な改善は望めないのです。つまり、マニプラチャクラとは、肉体内にある五臓六腑のどこと関連があり、どこの部分に影響を与え、どこの部分からの影響を受けているかなどを知らなければ、本来の意味での病気の改善や心の癒しは得られないのです。また、医師やマスコミは勿論、皆さん全てと言っても言い過ぎでないほど、ストレスや緊張が原因で病気になると信じ、そして、納得しているのが実状と言っても良いような気がいたします。

 ストレスや緊張とは言うが、どのようなもの。
 ストレスや緊張の原因を簡単に理解できるように考えてみると、様々なる思考や意識状態において発するエネルギーは、アストラル次元のエネルギーを出していると一般には述べられています。それは、良く考えると分かりますが、自我意識のことを指していると理解できます。それでは、自我意識とは何か、自我意識とは、一般的に知られている言葉にて表現すれば、欲とか、喜怒哀楽のことを指していると解釈できます。つまり、アストラル次元のエネルギーを単純に考えてみれば、喜怒哀楽のことを指していると解釈できるのです。すると、アストラル次元も喜怒哀楽も同じことを指し示していることになります。

 それではまず、喜怒哀楽のことを考えてみなければならない。喜怒哀楽とは、喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、などと解釈できます。ではなぜ、喜怒哀楽が生まれてくるのかをひもといてみると、欲があるからこそ喜怒哀楽が生まれてくることが理解できます。しかし、欲を持つことは悪いことかと申しますと、一概には言えないところがあります。もし、人間に欲がなかったのなら仕事をすることも捨て、困難に向かって努力することもなくなり、命さえ簡単に捨てかねないことになります。従って、適度な欲が必要であることが理解できます。

 ここで、覚えておかなければならないのは、喜びや楽しいことは、大変重要であり良いことであるから、ストレスや緊張を生まないのではないかとの疑問が生じてきます。ところで、喜びや楽しいと表現することの反対の表現は何であるかを考えてみれば、納得がいくのではないでしょうか。どのような現象であれ、心のあり方であれ、裏を返せば何とやらであって、必ず表裏一体であることが分かります。つまり、表があれば、裏もあることが納得できるはずです。従って、どのような場合においても、例え、喜びであっても、ストレスや緊張はあるものです。ですから、意識としては良いと考えていても、心の中には「もしかして、この良いことは続かないのでは」との意識も存在するのです。即ち、絶対に良いことと考えてみても、この件は、悪いのではと考えている部分も心の奥底には隠れているものです。

 例えば、私はガンが恐ろしいのでガンにはなりたくないと願っていても、結局は、私はガンになりたいと願っているようなものなのです。ですから、ガンは勿論のこと、病気のことなどに意識も考えも持たないことが大事なのです。つまり、自分には、元々病気などには縁がないとして気にしないことが大事なのです。なぜなら、ガンと言う病気を怖がっているからこそ、ガンになりたくないと思ったのです。ガンに対する恐怖が無意識的に存在していたとしても、強烈なストレスとなっていることには疑いようがないのです。

 食事のあり方なども、やはりストレスとなることがあります。例えば、太り過ぎているから痩せようとして食事制限などを実施すると、肉体的にも精神的にも負担が生じ、やがては多大なるストレスとなり、様々な生活習慣病を引き起こしたり、拒食症や過食症などに悩むことがあります。拒食症や過食症などは、それこそ代表的な心の病気であると言えます。

 一般的に知られているプラス思考とか、マイナス思考なども同じことであり、程度が問題なことが理解できます。ですから、プラス思考だけが良いのではなく、マイナス思考も裏を返せば何とやらであって、やはり重要なことなのです。例えば、貴方の周りで発生する全ての現象は勿論のこと、ありとあらゆる物体は勿論、どのような出来事や結果であったとしても、必ず表があるなら裏もあります。

 怖いなどと思い、警戒する警戒心。私よりあの人は、何々が良いなどと嫉妬する嫉妬心。何々が、哀しいなどと言う哀しみ。仕事を失敗したら、試験に落ちたらどうしようなどと思う臆病心。あの方には、ひどい目に遭わされたと言う憎しみなど。ありとあらゆる恐怖心などにも共通する事柄なのです。このこと自体全てが喜怒哀楽であり、欲があるからこそ生じてきます。それこそ、その欲が最も恐れる結果をもたらすストレスの原因でもあります。

 この喜怒哀楽と欲を称して自我意識と言うことから、自我意識があるからこそ生命を維持し、この地球上に人類が栄えていると解釈できます。ですから、考えるまでもなく、適度な自我意識が必要なことは分かります。ただ、その自我意識が、貴方に対して相応しい自我意識であるかが問題なのです。要するに、程度が問題であることが分かります。勿論、病気などに対しても自我意識(恐怖や欲)が先に発生するのであって、病気になったから自我意識が発生してくるのではないのです。絶対に間違ってならないのは、自我意識があって、次にストレスが発生し、そのストレスが原因で病気などになるのですから注意が必要なのです。

 この喜怒哀楽や欲が難なく叶えられ、喜びなどに変えることができて耐えられる状況にある場合には、ストレスや緊張は最小限に抑えられ、身体に及ぼす影響は少ないのです。ところが、叶えるのに困難な場合や、心身ともに耐えられないような状況の場合には、大きなストレスとなり、緊張を生み、身体に多大な影響を及ぼし、やがては心身に異常な状態が生じてくるのです。その心身に現れた異常状態を、病気になったなどと一般には表現していると思うのです。ただし、個人によって願望の種類や大きさなどが異なっているのと同じで、緊張感やストレスなどの捉え方も個人により格差があるものです。よって、病気の種類や場所、程度などが異なるものと思うのです。物事や人物、思いや感情などに対して様々な反応することを、ストレスが生じるとか緊張するなどと言うものと私は理解をしています。

 なぜ反応するのかは、人間は元々動物であり、生き延びるためには、予期せぬ危険がせまることもあります。昔は自分の身を守るためには、危険なことを察知して避けるばかりではなく、食べ物を確保しなければ生命を維持できない状況であったのです。しかし、時代が変わり現代では、生命を維持できないような危険なことや、食べ物を確保する問題などは少なくなったと言っても良い状況にあります。ところが、依然として人間の生命を守り続ける本能については変わっていないのです。

 現代とは言え、やはり生命を安全に維持し、生きて行かなければならないのです。従って、病気などの恐ろしいことや、危険なことを避けるための警戒心や臆病心も必要なのです。他人が優れている場合などには、仕事などを奪われても困るので、嫉妬心や警戒心なども必要です。仲間との別れや、親族などとの別れなどがあれば、様々な事柄にも危険が増し辛いので、哀しみの恐怖、臆病心なども必要です。病気や死に対しては、生活が安定すればするほど、様々な面において少しの恐怖であっても、異常なほどの反応を示して益々ストレスが増してきます。

 肉体より出ているエネルギーは、エーテル次元エネルギーと言われ、それに対して自我意識(喜怒哀楽や欲など)より出ているエネルギーは、アストラル次元エネルギーと言われています。自我意識の出すエネルギーは、圧倒的に次元が高く五感によって感じることはありますが、物質としては存在せず目には全く見えないものです。しかし、強力で洗練されていて、肉体より出ているエーテル次元エネルギーに対して絶大なる影響力を持っています。従って、自我意識のエネルギーとは、アストラル次元エネルギーのことでありますので、自我意識のあり方が、健康を維持する上でも、仕事上や家庭生活を営む上でも重要なのです。簡単に要約すれば、生命を維持する過程において最も重要であると言わなければならないのです。

 なお、身体の力がうまく抜けたときには、皆さんよくご存知のとおり、脳がアルファ波と言われる脳波を出している状態になります。その脳波がアルファ波の状態になったとき、自分の願望をさり気なくはっきりと、その願望が達成され満足して喜んでいる状況をイメージすることにより、願望が達成すると言われています。だからこそ、能力開発などでは、瞑想や呼吸法、自律訓練法などが珍重されているのです。

 

 

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